伝説のロックバンド「SIAM SHADE」のVo.栄喜は、実は傑作な英雄だった

芸能リポーターD.O


今じゃこんなんで、賢げな成りで人すくいなお仕事しちゃってる僕ですが、

昔はアホで、人さらいみたいな格好して、

あんま考えずに可笑しなことばっかやってた、D.O(@Deeooo1242)です。


皆さんは、SIAM SHADEというロックバンドがいたことを、覚えてますか?

そこのVo.だった栄喜(HIDEKI)さん、この人、実はもの凄く人間臭い、

伝説のロッカーだったんです。

描き上げる歌詞では、疑問や皮肉を言っていたり、

不器用で真っ直ぐなラブソングを描いていたりと、結局人間臭く、

そしてロックミュージシャンらしく、何かと物事をしでかして来てまして

それが、あのX JAPANや昔のパンクバンドがやってた破壊的で暴れる系の伝説ではなく、

臭さ漂う人間模様な伝説ばかりでして、失礼ですが、傑作です(笑)


僕はそんな彼が大好きでして、しかもまっすぐでアホなことをする彼のことを

いつまでも忘れられないで、ここまで過ごしてきました。

つい最近、何気なくラジオを聴いていたところ、

なんと、久しぶりに栄喜さんの喋る声が聴こえてくるではありませんか!!

それがまた相変わらず、忘れられない面白さだったので、

緊急的に栄喜さんの特集をしてみたいと思います!!

面白いので(彼が)、どうぞ読んで行ってください(OvO)


伝説のロックバンド「SIAM SHADE」とは


SIAM SHADEは、1990年代の前半から2000年代の初頭まで活躍していた、

ヴィジュアル系ロックバンドです。

彼等が世に出していた音楽は、メロディアスなロックサウンドにありとあらゆるテクニックを盛り込んだような、とても優れた楽曲ばかりでした。

そして、時代によって作り出す曲の色が変わっていて、

彼等の曲の随所には、変拍子が取り入れられているのが特徴です。


インディーズ時代では、ヴィジュアル系としての風格が凄いバンドでしたが、

どちらかと言えば、テクニックの凄いハードロックバンドとしてのイメージが強かったため、

その優れた演奏力と作曲センスから、注目を置かれていたバンドでした。

インディーズ時代のSIAM SHADE


彼等が光を浴びたのが、LUNA SEAのRYUICHIがその昔、曜日パーソナリティーを務めていたラジオ番組「MIDNIGHT ROCK CITY」で、インディーズバンドを紹介する回があって、

そのコーナーにデモテープを持参して出演したことがきっかけで、

放送後、インディーズ界で話題になったのが最初でした。

デモテープ「SIAM SHADE」


そして、1995年にメジャーデビュー!!…したんですが、

デビューしてしばらくは、ヒットに恵まれることがありませんでした。

デビューして2枚目のシングル「TIME’S」が、NHKの音楽番組「ポップジャム」のオープニングテーマとして起用され、

デビュー当時は、非常にポップなメロディーと疾走感のあるストレートなロックナンバーを演奏していたのですが、

時が経つに連れだんだんと、自分たちのルーツだったゴリゴリのハードロックナンバーもやっていくようになり、

当時はV系バンドが時代を担いでいる真っ只中だったのに対して、

ハードロックがいまいち人気を失っていた頃にも関わらず、脱V系をアピールしながらこだわってロックしていたので、

それがどこか中途半端さを感じさせるような要因となっていたのか、日の目を浴びることが少なくなっていたのです。

そんな伸び悩んでいたバンド活動に転機が訪れたのが、

アニメ「るろうに剣心」のエンディングテーマとなった、

「1/3の純情な感情」が大ヒットしたことでした。


それからのSIAM SHADEは、シングルを発売するたびにチャート上位に入っては、

音楽番組で彼等を観ない日はないくらいでした。

結果的に大成功をした彼等でしたが、その絶頂のさなか、

残念ながら2002年には解散をしてしまいます。

その後は、2007年、2011年、2013年、2015年~2016年に、一時的に再結成をしていましたが、

2016年に「完結」という言葉を掲げて、完全に消えてしまいました。

引用:SIAM SHADE OFFICIAL SITE


このバンドの特徴は、演奏力の凄い、硬派で本格的なバンド!!…と言いたいのですが、

実は結構、お笑いの要素を売りにしていたバンドでして、

特にVo.の栄喜さんのキャラクターがまた個性的で面白く、

このバンドでの活動を通して彼は、数々の伝説を残してしまいました(笑)

その伝説の半分以上が、それはそれは傑作なことばかり(笑)

では、その彼が巻き起こしてきた伝説を、
ザっと振り返ってみることにしましょう。


Vo.栄喜のむちゃくちゃな伝説を振り返る

引用:BARKS.jp


お伝えした通り、個性的で面白い印象がつきまとう栄喜さんですが、

これまたロック人生を主張できるくらいの「ワルい人」だったようで、見たっくれからしてホントにワルだったようでして、

SIAM SHADEがまだインディーズだった頃に、デモテープを500枚プレスして、それを無料配布したんですが、

そのデモテープは、栄喜さんがパチンコ屋の設定情報を入手して儲けた150万円のうちの100万円を使って作ったそうです(笑)

その時のことを栄喜さんは、「朝一から並んでいたさくらのバイトが、開店と同時に台に座る瞬間を狙って、その台をブン捕ってバコバコ出していた」と自分で言ってました(笑)

そんな栄喜さんですが、インディーズ時代からメジャーデビューしてしばらくの間は、

自分の名前を「CHACK(チャック)」と名乗ってました。

その時のことをラジオで赤裸々に語ってまして、

SIAM SHADEは、あのLUNA SEAを世に出した名門ライブハウス「町田プレイハウス」の出身バンドでして、

そこに出入りしていた頃に栄喜さんは、Grace Mode(LUNA SEAのSUGIZOと真矢が以前やっていた、PINOCCHIOというバンドのVo.だったtezyaが在籍した伝説のバンド)という先輩バンドのローディーをしていたんですが、

tezyaさんから「おまえさぁ、誰が好きなんだよ?」と聞かれた時に、

栄喜さんが「俺はセバスチャン バック(SKID ROWのVo.)が好きなんです」と答えたら、

tezyaさんから「そしたらおまえは今日からイマスチャン チャックだ」と言われてしまい、

それでCHACKに決まっちゃったみたいです(笑)

当の本人はそれが嫌で、だけとVISUAL系のインディーズシーンの縦の関係上、そうするしかなかったみたいで、

インディーズの間はCHACKでやって、メジャーに行ったらHIDEKIにしようと考えてたようです。

ですが、いざメジャーデビューが決まってやっと改名ができるチャンスが来た時に、

オールナイトニッポン2部のパーソナリティーとして番組出演が決定していたようで、

その番組名が「CHACKの」で既に決定してしまってたらしいんです。

それを栄喜さんは、「HIDEKIにできませんか…?」と申し立てたんですが、

マネージャーに「ぃやそれは無理だねぇ…」と言われ、

「ぃゃいや、俺もCHACKイヤですよ〜!!と嘆きながら、

番組終了までCHACKでやって、終了とともに即HIDEKIに改名したと言ってました(笑)

それから数年後、シングル「1/3の純情な感情」の大ヒットで

SIAM SHADEは一躍有名になったわけですが、

栄喜さんは、それまでの中々ヒットに恵まれずに苦悩していた頃に、

実は、極道へスカウトされていたことがあったようで、

「次にヒットが出なかった時はウチに来い」と、駆け引きまでしていたと、

何かの雑誌のインタビューで答えていたことがありました。

その時、実は1度SIAM SHADEを辞めていたらしく、

メジャーデビューしたら逆に、金は無いし女にはモテないしと、思い描いていたことと違ったことから、

一時期、ホストの仕事をやっていたようです

そんなある日、自分が歌を唄うようになったきっかけであった、

米米CLUBの石井竜也さんが開催していた個展を観に行ったようで、

その会場に飾られていた石井さんの「僕がどれだけ忙しくて時間が無くても、歌を唄い続けているのは、生きてる証を伝えたいから」という言葉を観て感銘を受け、

もう一度、歌を唄う世界に戻る決意をしたようです。

それででしょうか、とりあえずV系にカテゴリーされるバンドのヴォーカルだったのに、

彼は一時期、丸坊主になってました(笑)


おかげで(笑)、大ブレイクが巻き起こった後のSIAM SHADEは、

沢山の人に愛されるモンスターバンドにまでなりました。


その後の栄喜の現在までの活動


2002年にSIAM SHADEは解散し、栄喜さんはソロで活動するようになりましたが、

その途中にも、バンドを結成して活動する期間もありました。

2002年に、「未来(HIDEKI)」という名義でソロ活動を開始し、

2003年には、「ACID」というバンドで活動します。

その後も、再びソロ活動をしながら、

2007年には、バンド「DETROX」を結成して活動。

2012年からは、完全にソロ活動一本で、
名義を栄喜に戻した形で活動し、
現在まで至ってます。

そして、2021年2月2日に、久しぶりにラジオに出演していました。

その番組は、レディオブック株式会社代表取締役のYUGOさんと、

元ニッポン放送アナウンサーでフリーアナウンサーの荘口彰久さんがパーソナリティーを務める、

「YUGO・荘口 やりやラジオ」という番組でした。

その番組に出演した栄喜さんがこれまた可笑しくて、

僕は爆笑しながら聴いてしまいました(笑)


久しぶりのラジオ出演は、やっぱ傑作だった


栄喜さんはこのラジオ番組に、LUNA SEAのRYUICHIさんからの紹介で出演したみたいで、

RYUICHIさんからの流れでは断るわけにはいかないからと、

収録日が自分の誕生日だったのにしぶしぶ出演したと言ってました(笑)

彼はホント昔から、独特の個性とアホな一面が醸し出る人で、

案の定、このラジオでのトークが面白すぎるんです(笑)

まっすぐな人で、笑かすつもりがないのに、

今まで面白いところに着目して色んなことをしてきてるからか、


ラジオでその遍歴を語ってるだけなのに、めちゃめちゃ傑作な内容となってます(笑)

その貴重なラジオ出演の様子が、こちらです↓

引用:1242.com
引用:1242.com
引用:1242.com
引用:1242.com


そして、栄喜さんが出演した番組の回がこちらで聴けますので、是非聴いてみてください!!↓

「YUGO 荘口 やりやラジオ」Guest:栄喜(ex. SIAM SHADE)/ニッポン放送 1242KHz

「YUGO 荘口 やりやラジオ アフタートーク」Guest:栄喜(ex. SIAM SHADE)/ニッポン放送 ポッドキャスト・ステーション


あとがき:栄喜forever…


楽しんでもらえたでしょうか?(笑)

栄喜さんがいかに面白くて、憎めない人だということが伝わってたらいいなと思います。

僕も当時、SIAM SHADEをよく聴いていて、

栄喜さんから目が離せない一人でしたので(笑)、

時代や形が変わっても、元気に活躍しているのが嬉しいですね。

彼のヴォーカルは、ハイトーンで力強く、舞台でのパフォーマンスもかなり躍動感があり、憧れて来たロックキッズもたくさんいたのですが、

よく他の上手いヴォーカリストと比べられては、声が太くないとか、粘り強い声質じゃないとか、

当時は賛否両論の意見が飛び交ってました。

ですが、結局彼が愛されてきた理由は、やっぱ人柄が伝わってくるところだったんです。

彼がなぜいいのかというと、「人で聴ける音楽だから」です。

音楽は、上手下手で聴くだけじゃ、何も楽しくないです。

栄喜さんみたいに、「演っててくれてありがとう。」って言ってもらえるミュージシャンがいてこそ、

音楽が、夢を与える文化となれているのですから。。


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