D.Oのバンド活動のストーリー② 〜ADVISORY〜

D.Oの壮大な過去

こうやって昔のことを書き留めて行くと、
この頃のネタを今の自分に活かせないかと
どこか考えてしまう。

な、D.O(@Deeooo954)です。

いよいよ都会へ進出し、夢を叶えるための単身生活をスタート

18歳より、鳥取を飛び出して、
15歳の頃から音楽でプロを目指したいという夢があったため、

福岡県(なぜか)へ引っ越しまして、
初めての一人暮らしを始めました。

最初の1年間は、
バンドなんて全く組めないほどに、
友達さえいませんでした。

幸い、鳥取の頃から一緒にバンドをやっていた、

気の合う友が大学進学のため、
隣の山口県下関市に住んでいたので、

それなら一緒にバンドをやろう!
と約束していた彼が、唯一の友達でした。

僕の初めての一人暮らしは、
学業のための上京のような感じではなく、

自分で勝手に思い立って決めて動いた行動だったので、

50万円貯めた貯金通帳と、
衣服と貴重品だけをカバンに入れて、

頼れる親戚がいたのでそこに仮住まいさせてもらいながら、

ワンルームマンションを探して借りて住み始め、

そこから全て100円ショップで生活に必要なモノを買って、

一人暮らしをスタートするという、

勢いで生活を始めた感じでした。

まあ、冒険だったからそんなものだと振り返るけど、

父母は、その頃の僕の福岡での一人暮らしの様子を、

一度も見に来たことはありませんでした。

それくらい、自分でやっていってやる気持ちマンマンで家を飛び出していたのです。

だからか、なのにか、それでか、やっぱり、
そんな簡単にすべてがスムーズにいくわけがない。

というわけで、
最初の1年間は新しい友達ゼロ。

18歳という多感な青春時代は、
実はとても苦しかったのです。

そんな思い出が、
かなりハッキリと残っています。

バンドで夢見て都会に出るということって、
現実しかない現実の毎日なのだということを、
今みんなに改めて伝えておきたいですね。

プロになりたくて片田舎から
飛び出すように都会に出たミュージシャン達は、

みんな想像を絶する孤独な体験と、
健康と安定度返しな生活を土台に、
がむしゃらに音楽やってきているものだと、

僕が代弁しておきます。

そんな僕でしたが、
一人暮らしを始めて一年経つか経たないかの頃、

その山口県の大学に通いながら音楽を共に歩んでくれた友と、

このまま音楽がなにも進展しなかったら、
俺等はなんの目標をもってここまで来たの?
って話し合い、

どうしてもバンドがしたいから、
とにかく一緒にやってくれるメンバーを探そう。

もしくは、2人でどこかのバンドに入ろう。

と決めて、大手楽器屋さんのメンバー募集コーナーの貼紙を片っ端から控えて、

2人で手分けして連絡をしていくことにしました。

こんなに募集が出ているのに、
案外決まらなくていい話にならないものだなと、

肩を落としながらも諦めずにアタックしていたら、

一人だけ、会ってみたいと言ってくれる人が現れました。

その人は、DREAM THEATERが好きで、
そんな感じなプログレッシヴ系の
テクった音楽をバンドでしたいって言う、

キーボーディストさんでした。

…本当はデスメタルバンドがやりたくてこっちに出てきたのに、

まいっか。ってグッと気持ちを押し殺しながら、

僕等はその人と触れ合いを始めたのでした。

結局、その人とバンドは組まなかったんですが、

その後沢山のバンド仲間を紹介してもらうことに発展し、

その人との出会いがきっかけで急激な展開を見せるのです。

仲間達のライヴステージを観に行ったり、
色々な所へ連れてってもらったり、

時々手伝いでバンドに参加してステージに立ったり、

小さなことでしたが少しずつ展開して行きました。

その仲間達の中で、
とてもギターが上手で爽やかな好青年がいて、
その人と特に仲良くなっていたので、

思い切って
「デスメタルバンドやりませんか?」
と声をかけてみたところ、

爽やかにOKをしてくれて(笑)、
極悪なイメージが付きまとうものにまで爽やかに、

ワクワクと参加してくれるこの好青年と一緒に
デスメタルバンドを結成することになりました。

 

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ADVISORY 結成前の頃

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福岡に来て1年経った頃 当時の仕事で現場より

その後、鳥取からの友がベースをやってくれながら、

今度は例の楽器屋さんのメンバー募集コーナーから、

ヴォーカリストを見つけて来てくれて、

そしてメンバーみんなでネットなどから
ドラマーを見つけて来て、

とうとう念願のデスメタルバンドをスタートさせることになったのです。

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都会(福岡)に出てから活動したデスメタルバンド「ADVISORY」

やっと結成することができたのデスメタルバンドは、
「ADVISORY」というバンド名になりました。

由来は、当時CDやその他の作品に収録されている内容が
倫理的にヤバいモノの右下に表示されていた、

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から引用しました。

単純でしたが、俺等はヤバいバンドだよ。
って見せたかったことが目的で思いついて
僕が名付けたんです。

このバンド、デスメタルをやったことがないけど、

デスメタルをやってみたい奴等が集まって結成されたため、

最初は単なるメタラーみたいな格好とサウンドで、

デスのデの字も無い感じの仕込みをしていたのですが、

なんかちゃうなあ。。と感じていたので、

僕が提案して、本物のデスメタルバンドのカヴァーもやっていこう!

そして、ブラックメタルバンド(サタニックメタルバンド)みたいに、

コープスペイント(死者が生き返った時の姿を現したメイク)もやろう!

ということにして

「デス」てなんぞや。という本質からしっかりと

取り込んでいくように仕込み直して行ったのです。

するとまだまだあまりデスが詳しくない面のあったメンバー達も、

デスの素敵さ(なんかヘンな言葉だな笑)を感じて、

どんどんっぽくなっていったんです。

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ADVISORY AFTERHOURS 7th Anniversary

かといっても、このバンドでプレイしていたデスメタルバンドのカヴァーは、

IN FLAMES、CHILDREN OF BODOM、PANTERA、
KILLSWITCH ENGAGE、GUSTANK、THIN LIZZY、
IRON MAIDENなどで、

結局は入門編のようなデスメタルバンドや、
方向ちゃう様なバンドのカヴァーもしたりしてたんで、

まあやっぱポピュラーデスな僕等でした。

 

3年間の短い活動だったけど、足跡は強く付けることができたバンド

ただこのバンド、地元のライブハウスに根付いては、

アンダーグラウンドシーンにおいて絶大な人気を誇るまでに!、、

と言いたいところなんですが、結局演ってたのが、

顔塗ってキャンキャンと吠えて(正しくはヴォーッ!と吠えていた)、

地域の夏祭りや、アマチュアバンドコンテストや、

フツーのROCKやPOPSのバンド達が開催する、

ホールイベントなどを中心にライブ演ってました。

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ADVISORY 鳥取駅前青い鳥コンサート2003

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ADVISORY D.O

その中には、鳥取の夏を飾る大大イベントの(当時は今より凄かった)
青い鳥コンサートへ凱旋ライブで
ツアーと称して出演してみたり、

このメイクやパフォーマンスがよかったのか(笑)、

それとメンバーの中に、

ピコピコハンマーをただただ振り回して暴れているだけのメンバーが居たためか(笑)、

74組中8組しか通らなかったコンテストに決勝まで行き、

1000人の目の前でステージを演ったこともありまして、

そのコンテストのゲストで、

当時上海ハニーで大ブレイクしていたあのORANGE RANGEが出てましたが

僕等のこのアホなキャラとデスな格好にビックリされたりもありました。

このコンテストは、ラジオ局のFM山口が主催していて、

地元のアマチュアバンドを応援する音楽情報番組の企画だったので、

コンテスト出場前にそのラジオ番組へ出演もされてもらいました。

その時の様子が聴けますので下部をクリックしてみてください。


FM山口:MUSIC SOLDIERS

んでこちらがコンテスト当日の様子です。

FM山口:BATTLEHEAT in STARPIAA vo.8

そしてそんなことをきっかけで、
山口県のライブハウスのプロモーターさんにスカウトされて、

そのライブハウスにて強烈なバンド達と一緒にライブさせてもらったりと、

自信満々で演ってた僕等のワリにはかなり凄い人達に、
恐れながら絡ませられたりもありましたねえ。。

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ADVISORY 周南TIKI-TA

たった3年間の活動だったんですが、

知名度の上がりが早い展開に必死で追いついて行きながら、

福岡でのデスメタルバンドをガッツリと炸裂させていただきました。

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ADVISORY AFTERHOURS 2days-1

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ADVISORY AFTERHOURS 2days-2

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ADVISORY AFTERHOURS 2days-2

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ADVISORY AFTERHOURS 2days-1

そんな思い出の深いこのバンドは、
当時のメンバー達と今でも交流が続いています。

今は遠く離れて暮らしているから、
会ったりできるのもこれまた3年ごとだったりしてますが、

ずっと仲良く触れ合っています。

それだけ、デスメタルを身にまとって
貴重な時代を過ごしていたことを、

みんな今でも大切に宝にしているのでしょうね。

③へ続く…

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福岡を旅立つ時が近い頃 Vo.のDEATHCROWとD.O

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