D.O通信「音の味」

音楽で人生を演出し地域に根付いた、元デスメタルなヤツがお届けする❝音のアレコレ❞

D.Oのバンド活動のストーリー① 〜少年の頃〜

 

とても昔のことだけど、
とても大切な第一歩ってのは、
とても覚えているものだ。

あ、D.O(@Deeooo954)です。

 

 

バタバタしていたのも束の間で、
早いもので6月となりました。

 


前回までは、聴いてきた音楽の遍歴をご紹介しましたが、
今回は僕がやってきたバンドやグループの活動のストーリーをご紹介します。

 

 

 

ギターを始めた12歳〜初めてバンドを組んだ15歳

 

僕が音楽を始めたのは、中学1年の時。

 


父親がFENDERというブランドの、
STRATOCASTERというギターを隠し持っていて、
それを弾いている姿を目撃したことがきっかけでした。

 

 

その頃楽器ってやつは、
ピアノやリコーダーなどの学校で見る楽器しか知らなかったんですが、

X JAPANの存在を知った時期でもあったことから、
HIDEが弾いていた楽器ということもあって、
ギターの存在をその頃初めて知ったのです。

 


それを父親が持っていたことがビックリで、
思わずそれを「隠さずにオレに提供しろ」みたいなことを言って、
貸してもらうことになったのです。

 

 

それからの僕は、ギターを弾くことが新鮮過ぎて、HIDEになれた気がして、
毎日握っては、弾けもしないのに弾いていました。

 

 

けど何を弾いていいのかも分からないのと、
知っている曲を弾いてみたいのとで、
持ち主の父親に「Xの曲の弾き方を教えてくれ」とお願いしましたが、

ヤツはなぜか教えてくれなかったのです。
(弾けるわけがないから教えてくれる訳がないことを大人になった時に気づく)

 

 

そこで、新聞の広告欄に載っていた今で言うUCANみたいなやつに、
ギター講座たるモノがあったので、
母親にお願いしてそれを習わせてもらうことにしました。

 

 

それを習えばX JAPANの曲の弾き方を教えてくれるのだと強烈に勘違いをして、
講座の申し込みハガキに名前と住所をワクワクしながら書き込んでいましたねえ。

 

 

そしていよいよ、専用のバッグに入った教材一式が届き、

それはもう嬉しすぎて嬉しすぎて、その後しばらくは、

学校から帰っては毎日そのギター講座をコツコツとやっていました。

 

 

けど、その講座のテキストのどこを見てもXの曲は載っておらず、
ビデオが入っていたのでそれにHIDEが先生で出ているのだなと察して再生をしたら、

そこにHIDEの姿は無く、
代わりに七三分けでお利口さんが着るような服装のヘンなおじさんが映っていて、
その人が僕のギターの先生でした。。

(そのヘンなおじさんは、あの伝説的なフュージョンバンドCASIOPEAのギタリスト、野呂一生だということを大人になってから知ることになる)

 

 

めちゃめちゃ難しかったことを今でも覚えています。

だって、JAZZのコードやスケールで練習をさせられていたから。。

 

 

お陰様で、中学の3年間はそのギター講座で上達した腕前を活かして、

X JAPANが弾けるようになりましたが、

まだまだ憧れている"バンド"を組むことができずにいて、


一人でLUNA SEAやL'Arc-en-Cielをコピーしては、

彼等のアルバム作品全ての曲を完コピするなどして、

活動をしていました。(これって活動なのか)

 

 

そして15歳となった僕は、高校へ行かずに働き始めたため、
ますますメンバーを見つける旅に出ることもできず、
どうしたらいいのかな?って思ってた時、

中学の頃に共にバンドをやろうとしてくれていたVo.が、
Dr.を見つけて来てくれて、
僕がGt.やBa.を演ってくれる友達を連れてきて、

初めてのバンドを結成することができたのです。

 

 

もちろんLUNA SEAコピーバンドですよ。
(その後28歳の時に再会したことを機に、
このバンドはREBOOTという名前で再結成することになる)

 

 

都会に出る前の18歳までにやっていたバンド活動

 

まあそうはいってもバンドを始めた頃ってのは、
バンドを組めたことがきっかけで、
他のバンドマン達との出会いや交流が劇的に増えるもので、

やはりたくさんのバンドをかけ持っては活動をすることがメジャーでした。

 

 

当時はとにかくV系のバンドとメロコア系のバンドがブームで、
どいつもこいつもLUNA SEAHI-STANDARDのコピバンばかりで、
LIVEで演る曲がカブっては、

お客は同じライブでROSIERやNEW LIFEを3回は聞かされて、
都度頭振ってるかモッシュしてるか、
そんな時代でした。

 

 

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CRAZEのバンドをやっていた頃

 

その中で、XやB'zやMETALLICAMR.BIGを演っている同年代のバンドが稀にいて、

そいつらと対バンになるときは、

とにかく全てを持っていかれた状態で、寂しい背中でギター背負って、


帰宅する日曜の夕方もありましたねえ。。

 

 

けどそれだけバンドっていうカルチャーは、
僕等を育ててくれた「自分たちで立ち上げてやってた部活」だったんです。

 

 

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SIAM SHADEのバンドをやっていた頃

 

その時からかな、バンドででっけえとこ目指したかったのは間違いなかったから、

僕もXやB'zや、SIAM SHADESEX MACHINEGUNSや、

スゲぇどころはバンド組んでプレイしてきましたね。

 

 

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DREAM THEATERのバンドをやっていた頃

 

そんな自分だったから、さらに凄いモノを追い求めて、

本当のヘヴィメタルをできるようになりたいと思うようになり、

SLAYERやPANTERAやDREAM THEATERをいつかはバンドでできるようになりたいと、

メラメラと野望を抱くようになっていくのです。

 

 

②へ続く…