僕がブログを書くようになった理由

D.Oの心のしくみや頭の中はこんな感じ


想いが熱い!と有名な僕ですが、若い頃はそれを沸騰させるまで火を付けていて、

周りの人を火傷させてしまうこともあったけど、

「今はその温度加減が美味しいコーヒーを淹れられるんだろ」と、髭の濃いツレに言われ、

キュンとして吐きそうになった、
D.O(@Deeooo954)です。


ということで、今回はその、「想い系」のお話をさせていただこうかと思います。

それは、このブログのことです。


ブログを始めたきっかけは、自分の「検索ぐせ」


僕はブログを始めたきっかけが、自分が持ってる「検索ぐせ」でした。

僕は、生活上で困ったり、アイデアが湧いたり、何かをふと思ったりしたら、

とにかくなんでもネットで検索するんですが、そうなったのが、ネット検索を使うようになった当初に、

「インターネットの世界に、無いモノは無いんだな!」とビックリしたことが始まりでした。

ネットの世界って、アクセスすると必ずと言っていいほど、

探している物や技術がすでに現存・実在していることを伝える記事が、たくさんあるんですね。

こんな便利な世界があるんだな!と感動した僕は、

それから、ネットの世界という「もう一つの次元」を横において生きるようになったんです。

まあ、バーチャル世界ってやつですね。

ネットで公開されている情報って必ず、現実世界で実際に在ったり、居たり、起こってたりしてることの、

その情報や、考え方や、想いや、体験がそのまま記録されているわけだから、

バーチャル(仮次元世界)なのに、リアル(実在世界)にあるものを発見できるんです。

普通なら、その物や情報を手に入れようと思えば、その人や技術が存在する場所に行って手に入れなければならないのに、

それが画面を通して、手に入れられるって、瞬間移動してるのと同じですよね。

そして、リモート(遠隔)で行動できる。

この凄さを実感していた僕は、自分も持っている情報や知恵や体験をネットの世界で伝えて、

バーチャルの世界でも、アバターのように生活したらどうなるだろうか?
と、閃いたんです。

それで、ブログというメディアを始めることにしたんです。


ネット世界で生きる方法として、ブログを選択した理由


今の時代、ブログをやろう!!と宣言すると、それなら今主流のSNSやYouTubeでいいんじゃない?と思う方もいらっしゃるかと思いますが、

僕は自分を表すのに、使用するメディアが自分でカスタマイズできるものだったら良いなと思ったから、ブログを選びました。

SNSやYouTubeって、実世界で例えたら、公道で行動を起こして広報・宣伝・公開するようなものだから、

何かと不自由ですし、その表現の仕方がある程度定義によって型に嵌められているものであるから、

あえてブログにしたんです。

ブログやホームページだったら、自分ん家で好きなように暮らしながら、

ご訪問してくれた方にだけ、おもてなしができる。と、例えることができたからなんです。


だから、アバターで生きるのなら、やっぱ自分の住まいがないとなって思って、

ちゃんと「オウンドメディア」を持ちたかったんです。

ブログは、ホームページという、ネットの世界に設置している住まい(住居・店舗・会社とか)の中にある、

交流の部屋みたいなものですよね。客間やホールや応接室みたいな。

それが無いと、自分を存分に発信していくには弱いと察したんです。

仕事上で例えたら、SNSは、外回りで、オウンドメディアは、事務所。

ネットの世界で生きるってことは、その世界で活躍することが理由ですから、

SNSとブログを使い分けて行かないと、生活していることにならないですもんね。


ブログは、自分の能力を、誰かに授けて、人助けできる


人って、苦しんでる人をみると、「困っている人をどうにかできないかなあ」とか、「かわいそうだねえ」とか、

誰にでも情けがあり、なにかしてあげたいと思うものです。

が、何もできないでそのまま過ぎて行くのも人です。

人が困っている時、そのちょうどのタイミングに合わせて、何か手助けを施すって、

実際、双方の都合があるのだから、そう簡単にできない場合だってよくありませんか?

そんなものだから、困っている人に手を差し伸べる方法として、

日ごろから、自分が得意としていることや、好きなことや、溢れる思いや、失敗から学んだ考え方や、

自身の美学や、生活上のアイデアや知恵や、援助している機関を知っているってことなどを、

更新という形でコツコツと、ちょこちょこと記録して公開していくことで、

その困っていて今どうにかしたい人のもとに、そのジャストなタイミングに自動で届けることができるのものが、ブログ(web上の記録)だったんです。


僕にとってブログは「遺書」でもある


あのー、自殺する訳ではないですよ。コレ、悪いイメ―ジで言ってないですからね。

もう僕は、いつ病気や事故で死んでしまうか分からないような年齢になりました。

僕の周りでは、身内やツレが、
病気や事故で死んだり、自殺したり、
だんだんと現れ始めています。

それを体験しだしたら、「残す(遺す)」ことに価値を抱くようになりました。

今まで生きて来てて、自分が体験してきたことや、勉強してきたことが、

今の自分にとても役に立っていて、経験してきた甲斐があったし、

自分がここまで達者になれたのって、人の為に活躍できるようになれたのって、

それは誰かがこうやって、情報を見える化して、モノ(媒体)のような形にしてくれてたからです。

それらを吸収していき、生活や暮らしに役立てたから今があり、

それらを、仕事上で能力を発揮できるようになるために、ハンドブックとして利用もしました。

そうやって、色々あったけどたくましくここまで来れたのは、知らない誰かの知恵や体験を自分に活かせれたからだったんですね。

だから自分も、自分で、自分を残していきたい。知らない誰かのために。仲間や同志のために。

そう思えば、ブログは、自分が生きていたことを記していく、「遺書」です。

死んだ理由を最後に残す遺書を書くのではなく、

死んでからも生きるため遺書を書くのですから。

ブログはずっと、別の次元世界に、アクセスしたらいつでも観れるように、

永遠に公開しておくことができますしね。

そして、そのブログというものをあえてSNSの形に嵌めなおして、

もっとブログを手軽に身近にできるメディアが「note」というSNSです。

ブログは自分で住まいや部屋を建てたり借りたりしないと始められないですが、

noteはそれがもう用意されていて、すぐ見てもらえるようなしくみとなっているので、

これを活用してブログのように運営してもいいですよね!!

もし、これからまたブログでもやってみたいなーって思われる方は、

このnoteでやってみてはいかがでしょうか?


ということで、こんな感じで、バーチャル世界の中で生きている僕にも、

これからも引き続き、いつでも会いに来てくださいね(*^-^*)


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